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旭川地方裁判所 昭和54年(ワ)16号 判決

原告

工藤重吉

ほか一名

被告

倉本産業株式会社

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告工藤重吉に対し一四三四万一九八四円及びこれに対する昭和五三年四月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告の原告高橋育則に対し二五三四万八四八〇円及びこれに対する昭和五三年四月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨。

第二当事者の主張

一  原告らの請求原因

1  昭和五一年一一月二七日午前六時五五分頃、紋別市新生一〇九番地の一付近において、佐藤幸彦運転の大型貨物自動車(北一一あ一〇七〇号、以下加害車両という)と原告らが乗車している横内林業株式会社(以下横内林業という)のマイクロバスとが衝突した(以下本件事故という)。被告は加害車両の運行供用者である。

2(一)  原告工藤重吉(以下原告工藤という)は本件事故により加療八か月を要する頸椎横突起骨折等の傷害を受け、昭和五一年一一月二七日から同五二年四月三〇日まで入院し、その後は通院して治療を受けたが、現在頸椎運動障害、両側上肢知覚鈍麻の後遺症が残存し、回復の見込みはなく、肉体労働は不可能で、これまで一〇年間伐採夫として勤務した横内林業を同五三月三月三一日退職するの止むなきに至つた。

(二)  原告高橋育則(以下原告高橋という)は本件事故により右肩関節・頸部・腰部打撲等の傷害を受け、昭和五一年一一月二七日から同五二年四月二八日まで入院し、その後通院して治療を受けたが、頭痛強度、頸椎運動障害、両上肢の麻痺、左上肢の知覚鈍麻の後遺症が残存し、回復の見込みはなく、軽作業以外の労働に従事することは不可能で、これまで七年間伐採夫として勤務した横内林業を同五三年三月三一日退職するの止むなきに至つた。

3  原告らが、本件事故によつて被つた損害のうち、昭和五三年四月一日以降の分は次のとおりである。

(一) 原告工藤の損害

(1) 逸失利益

原告工藤は前記後遺症のため肉体労働に就くことは不可能で、また年齢的に見て肉体労働以外の職につくことも極めて困難である。よつて労働能力の七割を喪失し、従つて逸失利益も従来の収入と比較して七割と見積られるところ、同原告は横内林業に伐採夫として勤務し、一か月平均二四万円、一か年二八八万円の賃金を得ていたものであり、昭和五三年四月一日現在六二歳であり、なお六・五年の稼動可能年数を有するから、ホフマン法によりその間の逸失利益の現価を求めると、一一八四万一九八四円となる。

(2) 慰藉料

原告工藤の前記後遺症による精神的苦痛に対する慰藉料は二五〇万円をもつて相当とする。

(二) 原告高橋の損害

(1) 逸失利益

原告高橋は前記後遺症により軽作業にしか従事できず、労働能力は半減し、従つて逸失利益も従来の収入と比較して半減すると認められるところ、同原告は横内林業に伐採夫として勤務し、一か月平均二七万円、一か年三二四万円の賃金を得ていたものであり、昭和五三年四月一日現在四五歳であり、なお二一年の稼動可能年数を有するから、ホフマン法によりその間の逸失利益の現価を求めると、二二八四万八四八〇円となる。

(2) 慰藉料

原告高橋の前記後遺症による精神的苦痛に対する慰藉料は二五〇万円をもつて相当とする。

4  よつて被告に対し、自賠法三条により、原告工藤は合計一四三四万一九八四円、原告高橋の合計二五三四万八四八〇円及びこれらに対する不法行為の後である昭和五三年四月一日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する被告の認否

1  請求原因1は認める。

2(一)  同2の(一)のうち、原告工藤が本件事故により頭部・顔面・胸部・背部・右下肢打撲挫傷を受け、治療を受けたことは認めるが、その余は知らない。

(二)  同(二)のうち、原告高橋が本件事故により、主張の受傷をし、治療を受けたことは認めるが、その余は知らない。

3  同3は争う。

三  被告の抗弁

1  原告らの代理人高橋慶雄と被告代理人佐々木芳美は、昭和五三年七月五日本件事故による損害賠償につき、次のとおりの和解契約を締結した。

(一) 原告工藤につき

(1) 本件事故により原告工藤が被つた治療費、休業補償費、慰藉料その他一切の損害額を八八二万九一五六円と合意し、被告は同原告の既受領額七〇五万〇五二〇円を控除した残金一七七万八六三六円を昭和五三年一〇月末日限り支払う。

(2) 後遺症の残存が認定された場合は、同原告において直接自賠責保険金請求手続をし、受領する。

(3) 同原告は被告に対し、右のほか何らの債権のないことを確認する。

(二) 原告高橋につき

(1) (一)の(1)同様、原告高橋が被つた一切の損害額を六六一万二〇六六円と合意し、被告は同原告の既受領額五三九万一九七七円を控除した残金一二二万〇〇八九円を昭和五三年一〇月末日限り支払う。

(2) (一)の(2)と同じ。

(3) (一)の(3)と同じ。

2  仮に高橋慶雄に原告らを代理する権限がなかつたとしても、原告らは昭和五三年九月二〇日ころ被告に対し、前項の和解契約を追認した。

3  被告は昭和五三年一〇月末日までに原告らに対し、前記各残金の支払をした。

4  原告らの後遺障害については、昭和五三年一〇月二三日いずれも一四級一〇号と認定され、自賠責保険から右後遺障害分として、原告工藤は昭和五四年二月一九日までに七〇万円、原告高橋は同月七日までに一一二万円の支払を受けた。

四  抗弁に対する原告らの認否

1  抗弁1は否認する。ただし、原告工藤が七〇五万〇五二〇円を、原告高橋が五三九万一九七七円をそれぞれ受領したことは認める。仮に何らかの和解契約が成立したとしても、その範囲は、原告らの傷害の症状が固定した昭和五三年三月三一日までの損害に限られ、同年四月以降の後遺症による損害は含まれていない。

2  同2は否認する。

3  同3、4は認める。

第三証拠〔略〕

理由

第一  請求原因1は当事者間に争いがない。

第二  原本の存在及び成立に争いのない甲第一号証、証人榊晃一の証言、原告工藤の本人尋問の結果(第一、第二回)、鑑定人竹光義治の鑑定の結果を総合すると、原告工藤は本件事故により頸椎横突起骨折等の傷害を受け、昭和五一年一一月二八日から同五二年四月三〇日まで松野病院に入院し、その後は通院して治療を受けたこと、同五六年七月現在頸部運動障害、項部筋緊張と痛み、両上肢殊に手のしびれ、頭重感を後遺症として訴えていること、同原告は約四年間伐採夫として勤務した横内林業を同五三年三月三一日付で退職したこと、以上の事実を認めることができる。

第三  原本の存在及び成立に争いのない甲第二号証、証人榊晃一の証言、原告高橋の本人尋問の結果(第一、第二回)、鑑定人竹光義治の鑑定の結果を総合すると、原告高橋は本件事故により右肩関節・頸部・腰部打撲症等の傷害を受け(この事実は当事者間に争いがない)、昭和五一年一一月二九日から同五二年三月二日まで道立紋別病院に入院し、その後は通院して治療を受けたこと、同五六年七月現在頭痛、左項部肩部痛、耳鳴、腰痛を後遺症として訴えていること、同原告は同四六年一一月ころから伐採夫として勤務した横内林業を同五三年四、五月ころ退職した状態になつたこと、以上の事実を認めることができる。

第四  ところで、被告は、本件事故による損害については原告らとの間に和解契約が成立しており、すでに解決済であると主張するので、まずこの点につき判断する。前掲甲第一、第二号証、原告工藤の本人尋問の結果(第一回)により成立の認められる甲第三号証、原告高橋の本人尋問の結果(第一回)により成立の認められる甲第四号証、証人佐々木信夫の証言により成立の認められる乙第一号証(ただし、原告高橋名下の印影が同人の印章によるものであることは争いがない)、第二号証(ただし、原告工藤名下の印影が同人の印章によるものであることは争いがない)、弁論の全趣旨によつて成立の認められる乙第三、第四号証、成立に争いのない乙第五ないし第八号証、証人佐々木信夫の証言、原告ら各本人尋問の結果(第一回)の各一部に弁論の全趣旨を総合すると、本件事故により原告らを含む横内林業の従業員一七名が受傷したが、同社では右事故による賠償問題は同社紋別事業所長高橋慶雄(以下高橋所長という)が中心となつて被告や保険会社との折衝にあたり、右被害者らはいずれも高橋所長の折衝を容認していたこと、昭和五三年三月ころ、右被害者らの症状が固定してきたため、高橋所長と被告、保険会社との間で示談の話が持上がつたこと(なお、原告らについては同月三一日症状固定の診断がされた)、その後高橋所長と被告、保険会社との間に何回か折衝が重ねられ、同年七月五日、横内林業紋別事業所内の応接間において、高橋所長、被告常務取締役佐々木芳美(以下佐々木常務という)、任意保険の保険者である日新火災海上保険株式会社(以下日新火災という)の担当者二名が出席して、昼ころから午後七時までの間、前記被害者中原告らを含む八名に対する損害賠償問題につき最終的な話合いがされ、合意が成立したこと、その内容は、治療費は全額、休業補償費は本件事故の発生日である昭和五一年一一月二七日から同五二年五月三一日まで全額、同年六月一日から同五三年三月三一日までは従前の金額を一割増額した金額の八割の金額、慰藉料については試算額の三割増、交通費、入院雑費その他の項目については被害者らの請求額どおりの金額を支払う、右被害者らは、昭和五三年一〇月末日までに右合意金額から既払金額を控除した残額の支払を受けたときは、被告及び日新火災に対するその余の請求を放棄し、他に何等の債権のないことを確認する、ただし、後遺障害が残存する場合は被害者らが直接自賠責保険金を請求するものとする、具体的には、原告工藤については、治療費三八六万五一一〇円、栄養費一八九八円、コルセツト代五四五〇円、交通費七万円、入院雑費九万三五〇〇円、休業補償費三六六万三六五六円、慰藉料一一七万五二〇〇円、合計八八二万九一五六円であることを認め、既払額七〇五万〇五二〇円を控除した残金一七七万八六三六円を支払う、原告高橋については、治療費一三七万八四九四円、交通費一四万一五三〇円、入院雑費四万七〇〇〇円、休業補償費四〇三万二二五九円、慰藉料一〇一万一四〇〇円、合計六六一万二〇六六円であることを認め、既払額五三九万一九七七円を控除した残金一二二万〇〇八九円を支払うというものであつたこと、右話合いの際、原告ら八名は、横内林業紋別事業所内の事務所に控えており、右話合いが終了した後、高橋所長から結果の説明を受け、各人にその結果を記載した賠償額試算表(甲第三、第四号証)が交付されたこと、その際、原告は横内林業の担当者佐々木信夫から示談書を作成するため実印を持参するよう求められたこと、数日後原告高橋は右要請に従つて実印を横内林業に持参したこと、佐々木は同原告の面前で日新火災から送付された同社宛免責証書(ただし、不動文字以外は未記入、乙第一号証)に押印したこと、また、原告工藤は実印を持参しなかつたので、佐々木が同原告の同意を得て横内林業で預り保管中の同原告の印章を免責証書(前同様、乙第二号証)に押印し、さらに同原告の印章による印影であることを確認するため、前記賠償額試算表の控(乙第五号証)にも押印したこと、その後右各免責証書は日新火災に返送され、昭和五三年九月二〇日ころ同社から、前記合意された内容を記入のうえ、横内林業に再び送付されてきたこと、佐々木はそのころ原告らに右免責証書のコピーを交付したこと、原告らは後遺障害につき自賠責保険金の請求をし、いずれも後遺障害等級は一四級と認定され、原告工藤は同五四年二月一九日までに七〇万円を、原告高橋は同月七日までに一一二万円を、それぞれ支払を受けたこと(この点は当事者間に争いがない)、以上の事実を認めることができる。原告ら各本人尋問の結果(第一回)のうち右認定に反する部分は、前掲各証拠に照らしてたやすく措信し難く、他に右認定を動かすべき証拠は存しない。

第五  以上認定したところによれば、原告らは本件事故につき高橋所長に被告、保険会社に対する損害賠償の交渉を委ねていたものであり、昭和五三年七月五日、高橋所長が原告らを、佐々木常務が被告をそれぞれ代理して示談の折衝をしたものと認められ、その結果、原告工藤については損害賠償の合計額は八八二万九一五六円、残金は一七七万八六三六円、原告高橋については同合計額は六六一万二〇六六円、残金は一二二万〇〇八九円とし、原告らは昭和五三年一〇月末日までに同金額の支払を受けたときは、被告及び日新火災に対するその余の請求を放棄する、ただし、後遣障害が残存する場合は原告らが直接自賠責保険金を請求する旨の和解契約が成立したものというべきである。また、右和解契約の内容、金額につき特段に不合理な点は存しない。そして、原告らが約定期日までに右各残金の支払を受けたことは当事者間に争いがない。してみれば、被告の抗弁は理由があるというべきである。

第六  よつて、原告らの請求はその余の事実につき判断するまでもなく失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九三条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 松原直幹 佃浩一 納谷肇)

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